keep in my mind…
「初めて抱いてくれた時のこと覚えていますか?」
女は男の顔を覗き込みながら訊いた。
「七年、八年も前のことだぞ。
覚えていない。」
少し膨れながら女は言った。
「男の人って忘れちゃうものなんですね」と…
行きつけのwine barの扉を開く。
「いらっしゃいませ」
sommeliere のいつもの笑顔がそこにあった。
「何になさいますか?」
という彼女の問いに、注文するより先に訊きたいと思っていたことを切り出した。
「女性って何年も前の…
その…
好きだった男性とのことを覚えているもの?」
「えっ?!」
彼女は少し驚いたあと、少し考えて答えた。
「そうですね…
どんな会話をしたとか、彼の香りだったり、覚えているかもしれません。」
「何年も前のことをだぞ?
そんなこと覚えてたら怖いだろ?!」
彼女はまた少し考えて答えた。
「その人にとっては忘れたくない思い出だったのではないですか?
だからずっと心の中に綴っておいたのだと思います。」
「そういうものだろうか?」
「私の場合は…
誤解を恐れずお話しすると、男性もそれぞれ香りが違いますし、味も違うから…
とても好きだった人の香りと味が恋しくなるけれど」
驚いている男を見ながら、彼女は唇に人差し指を当て「ないしょ」と呟いていた。
「日本では桜の花言葉は「優美な女性」純潔などですが、フランスでは
私を忘れないで…なんですよ」
そう言って彼女が用意したワイン。
ウインダウリ・エステート サクラシラーズ
「エチケットが桜なんだね!!」
彼女はグラスにワインを注ぎながら
「私を忘れないでね…」
と少し悪戯な笑みを浮かべて呟いた。
※
第二次世界大戦中、オーストラリアのカウラ地区に日本人千人余りが捕虜として捉えられていました。