Love in the air

 

 

オフィスはいつも乾燥していた。

PCが何台も稼働しているし、空調はCPUの為に動きっぱなしだからだ。

 

「大丈夫か?」

背後から上司の塚田が声を掛けた。

ずっと咳が止まらない里香を心配していた。

 

「アレルギーで喉が炎症を起こしているだけです。

 ご心配くださって、ありがとうございます。」

里香は軽く会釈してお礼を言った。

 

里香は給湯室に向かい、my cupにお湯を注いだ。

白湯を飲むと喉が温められて少し楽になる。

里香は中国人の友人に白湯を飲むといいと教えられてから、白湯をよく飲むようになった。

白湯を飲むようになってからは冷え性が改善されたが、アレルギーが治るという効果はなかった。

 

デスクに戻り、またPCに向かう。

提出しなければならない資料の納期が迫っていた。

 

「少しは役に立つはずだから。」

そう言って塚田はファイルをデスク上に置いた。

 

「ありがとうございます。課長が優しいと何かあるのかと勘繰ります。」

「とっとと仕上げろ。鬱陶しい。」

 

鬱陶しいは塚田の口癖だった。

里香はこの「鬱陶しい」という口癖が大嫌いだった。

 

「ちょっと出てくる。」

「行ってらっしゃいませ。」

塚田はホワイトボートに行先と戻り時間を記入して出て行った。

 

里香は置かれたファイルを開いてみた。

ファイルを開くと資料の上にのど飴が置かれていた。

 

里香は優しい笑顔を浮かべながら、のど飴を手に取った。

「こういうことするとこが憎めない…

 年下のくせに…」

 

塚田は年下の上司だった。

多少能力があれば男はさっさと出世していく。

 

里香は自分の資質と能力に少なからず自信を持っていた。

出世欲があるわけではないし、どちらかというと有能な上司の下でこそ自分は活きると思っていた。

自分が好きに仕事が出来ればそれでいいと思っていたし、塚田の下について不満はなかったが、年下の上司というのは少し嫌だと思っていた。

 

里香の塚田の評価はこうだ。

『どちらかというと要領の良さと好感度の高さで出世している』

馬鹿にしているわけではない。

評価は評価だ。評価は人がするものなのだから、要領がいいのも好感度が高いということも十分武器なのだと思っていた。

 

「人たらしなだけじゃなくて、女もたらすのね…」

のど飴を口に入れPCに向かう。

この程度の資料ならとっくに集め終わっていた。

それでも気持ちは嬉しかった。

 

 

 

資料をまとめるのに予想以上に時間が掛かった。

女性の残業を会社は嫌う。

仕方なく切り上げ退社したが、真っ直ぐに帰宅する気持ちになれなかった。

 

「いらっしゃいませ。

 あら、里香さん!!」

 

「仕事終わるの遅くなっちゃって…

 和織さんのお粥が食べたくなって来ちゃった!!」

 

ここは里香が気に入るワインバー。

メニューにはないが、頼めばソムリエールの和織が特性の玉子粥を作ってくれた。

飲み疲れした顔の客や深夜に来店したが小腹が空いているという客に、和織はお粥を作って出していた。

 

「こんなに遅くまで仕事して大変ね。

 でも...

 なぁんか表情が明るいのよねぇ。」

和織が里香の顔を覗き込みながら言った。

 

「そぅ?すごく疲れてるけど…

 顔と愛想だけはいい上司に貰ったのど飴の効果かも。」

「そういえば、今度の上司は顔だけはいいって言ってましたね!!

 ......... ねぇ、戀しちゃった?」

和織の言葉に里香はとても驚いた。

 

「あのね里香さん、今、めちゃくちゃ女の顔してるから!!」

和織は笑いながら里香の顔を指差していた。

その言葉はもっと里香を驚かせたが、それ以上になぜか恥ずかしさに襲われていた。 

 

里香は両手で顔を覆いカウンターに肘を突きながら

「やっぱりワイン…」

そう呟いた。

 

「お粥待ってる間飲んでて♪」

 

和織が取り出したワイン。

Ata Rangi summer Rose 

 

「欧米ではね、ロゼワインは ”戀の願いを叶える” 

 なぁんて言われてるのよねぇ❤」

戀なんてしてないってば!!

 

里香の大きな声に他の客は驚いたが、やがて皆が里香に向かってほほ笑んだ。

「戀に落ちたね」と言わんばかりに…

 

 

 

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Ata Rangi

アタ・ランギはニュージーランドの北島、マーティンボローで最初にワイン造りを始めたワイナリーです。現在もニュージーランドを代表するピノ・ノワールで造られるワインの名手です。

 

国内最古のDRCの苗木のエイベル・クローンをもつワイナリーとして知られているアタランギ。

昔々、あるニュージーランドの旅行者がロマネ・コンティの畑に忍び込み、違法に持ち帰ったブドウの穂木を税関職員であったマルコム・エイベルに没収されます。エイベルはそれをこっそり持ち帰り、自宅の畑に植え増やしました。

これがエイベル・クローンの謂れです。

 

アタ・ランギのクライヴさんがマルコム・エイブルさんの友人であったため、そのクローンを譲り受けたことから、国内最古の苗木となったといわれています。

 

真偽はさておき、アタ・ランギはニュージーランドを代表するスターワインで、私もとても好きなワイナリーです。

アタランギ、マーティンボローといえばピノ・ノワールなので、ピノ・ノワール100%のロゼを造らないかなぁ?と個人的には思っているのですが...

ピノ・ノワール以外にもメルロ、シラーなどがブレンドされています。2017年からはシャルドネブレンドされました。

私の思いが届かない、片思いのロゼワインなんです(笑